★ヘダ号とは・・・

●ヘダ号模型 |
今から約150年前(幕末)、日露和親と通商条約の締結の目的をもって再度来航していたロシヤ使節プチャーチン提督以下500名を乗せたロシヤ軍艦「ディアナ号」2,000トンは伊豆の下田港に碇泊中、安政の大地震による津波のため艦底などに甚大な損傷を受けた。
本国へ帰る船をなくしたプチャーチン提督は代船の建造を幕府に願い出、戸田村の牛ヶ洞(うしがほら)で戸田の船大工や伊豆近在の多数の大工の協力を得て一隻の西洋型帆船を建造した。 |
この戸田村で建造された「ヘダ号」は、2本マスト、全長22メートル、巾7メートル50人乗りという小さな帆船であった。
和船から西洋型船へと移りゆく日本の造船史上、戸田村は西洋式造船技術発祥の地であり、「ヘダ号」は、日本の造船技術を発展させ造船国日本をつくりあげていった最初の船である。 |

●プチャーチン提督 |
|